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最高裁判所大法廷 昭和25年(あ)2505号 判決 1952年8月06日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岩田宙造、同芦苅直己の上告趣意第一点及び弁護人海野普吉の上告趣意第二点について。

刑訴一四三条は「裁判所はこの法律に特別の定ある場合を除いては何人でも証人としてこれを尋問することができる」と規定し、一般国民に証言義務を課しているのである。証人として法廷に出頭し証言することはその証人個人に対しては多大の犠牲を強いるものである。個人的の道義観念からいえば秘密にしておきたいと思うことでも証言しなければならない場合もあり、またその結果、他人から敵意、不信、怨恨を買う場合もあるのである。そして、証言を必要とする具体的事件は訴訟当事者の問題であるのにかかわらず、証人にかかる犠牲を強いる根拠は実験的真実の発見によって法の適正な実現を期することが司法裁判の使命であり、証人の証言を強制することがその使命の達成に不可欠なものであるからである。従って、一般国民の証言義務は国民が司法裁判の適正な行使に協力すべき重大な義務であるといわなければならない。ところで、法律は一般国民の証言義務を原則としているが、その証言義務が免除される場合を例外的に認めているのである。すなわち、刑訴一四四条乃至一四九条の規定がその場合を列挙しているのであるが、なお最近の立法としては、犯罪者予防更正法五九条に同趣旨の規定を見るのである。これらの証言義務に対する例外規定のうち、刑訴一四六条は憲法三八条一項の規定による憲法上の保障を実現するために規定された例外であるが、その他の規定はすべて証言拒絶の例外を認めることが立法政策的考慮から妥当であると認められた場合の例外である。そして、一般国民の証言義務は国民の重大な義務である点に鑑み、証言拒絶権を認められる場合は極めて例外に属するのであり、また制限的である。従って、前示例外規定は限定的列挙であって、これを他の場合に類推適用すべきものでないことは勿論である。新聞記者に取材源につき証言拒絶権を認めるか否かは立法政策上考慮の余地のある問題であり、新聞記者に証言拒絶権を認めた立法例もあるのであるが、わが現行刑訴法は新聞記者を証言拒絶権あるものとして列挙していないのであるから、刑訴一四九条に列挙する医師等と比較して新聞記者に右規定を類推適用することのできないことはいうまでもないところである。それゆえ、わが現行刑訴法は勿論旧刑訴法においても、新聞記者に証言拒絶権を与えなかったものであることは解釈上疑を容れないところである。論旨は、新聞は民主政治の下においては民衆の健全な判断の基礎となる材料を提供するものであるから、この意味において単に営利企業たるに止まらず、社会の公器たる性質を有するものである。そして、一切の表現の自由は憲法二一条一項によって保障されているところであり、この表現の自由を達成するためには新聞記者の取材の方法も自由でなければならない。また、取材の自由を維持するためには取材源を秘匿する必要があるのであって、ここに取材源を秘匿することが新聞記者の倫理であり、権利であると考えられる理由がある。かく取材源を秘匿することは材料提供者に対する道義であるばかりでなく、実に新聞そのものの表現の自由を護る上において絶対に必要な手段となるものであって、これが世界共通の新聞倫理である。それゆえ、取材源の秘匿は表現の自由を保障した憲法二一条一項により保護されなければならないから、新聞記者が取材源につき証言を拒絶する場合は刑訴一六一条にいわゆる「正当の理由」ある場合に該当するものといわねばならない。然らば、原判決が新聞記者の取材源につき証言を拒絶する場合を正当の理由に該らないものとしたのは表現の自由を保障した憲法二一条に違反するものである、と主張するのである。

しかし、憲法の右規定は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであって、新聞記者に特種の保障を与えたものではない。それゆえ、もし論旨の理論に従うならば、一般人が論文ないし随筆等の起草をなすに当ってもその取材の自由は憲法二一条によって保障され、その結果その取材源については証言を拒絶する権利を有することとなるであろう。憲法の保障は国会の制定する法律を以ても容易にこれを制限することができず、国会の立法権にまで非常な制限を加えるものであって、論旨の如く次ぎから次ぎへと際限なく引き延ばし拡張して解釈すべきものではない。憲法の右規定の保障は、公の福祉に反しない限り、いいたいことはいわせなければならないということである。未だいいたいことの内容も定まらず、これからその内容を作り出すための取材に関しその取材源について、公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない。論旨では新聞記者の特種の使命、地位等について云為するけれども、憲法の右保障は一般国民に平等に認められたものであり、新聞記者に特別の権利を与えたものでないこと前記のとおりである。国民中の或種特定の人につき、その特種の使命、地位等を考慮して特別の保障権利を与うべきか否かは立法に任せられたところであって、憲法二一条の問題ではない。それゆえ、同条を基礎として原判決を攻撃する論旨は理由がない。

弁護人岩田宙造、同芦苅直己の上告趣意第二点について。

論旨は、刑訴一四六条及び一四七条がいずれも憲法三八条一項の規定に基づき設けられたものであることを立論の前提としているのである。そして、刑訴一四六条が右憲法の規定に基づくものであることはすでに説明したとおりである。しかし、右憲法の規定にいわゆる「自己」というのは供述者本人に限定せらるべきであって、刑訴一四七条に規定する近親者を包含しない趣旨であると解すべきである。従って、刑訴一四七条の規定は憲法三八条一項によって保障される範囲ではなく、証人と一定の身分関係ある者との近親的情誼を顧慮して証言拒絶権を与えることが立法政策上妥当であると認めたものに外ならないのである。然らば、所論違憲論のうち刑訴一四七条に関する部分は、その前提においてすでに失当である。

次に、刑訴一四六条が憲法三八条一項に基づく規定であることは前記のとおりであるから、もし被疑者不特定の場合に刑訴二二六条により証人に証言を強制することが右刑訴一四六条の規定に違反するものであれば、それは同時に右憲法の条項に違反するものといえるであろう。しかし、証人自身が刑事訴追又は有罪判決を受ける虞があるかどうかは、その求められている証言の内容の如何により自ら判定し得べきことは原判決の説示するとおりであり、そしてこの事は本件の具体的の場合についてばかりでなく、一般論としても言い得るところである。従って、原判決が被疑者不特定のため刑訴一四六条による証言拒絶権を奪うことにならないと判示したことは固より正当であって、この点に関する所論はその理由がない。

弁護人海野普吉の上告趣意第一点について。

刑訴法は捜査については、原則として強制捜査権を認めていないのであるから、捜査官が捜査の目的を達するために証人尋問の必要ありと認めた場合には、刑訴二二六条に規定する条件の下に、検察官からこれを裁判官に請求すべきものとしているのである。そして、右の請求を受けた裁判官はこれを相当と認めた場合には、証人を尋問することができるのであり、召喚を受けた証人が証言義務を負担するものであることはいうまでもないところであって、本案被疑事件が尓後の捜査の結果犯罪の嫌疑十分ならずとして不起訴処分となり、或は本案被告事件が後日罪とならず又は犯罪の証明なしとして無罪となっても、その証拠調手続が遡って違法無効となるものでないことは疑のないところであるから、証人は被疑事実が客観的に存在しないことを理由として証言を拒むことを得ないものといわなければならない。従って、検察官が刑訴二二六条により裁判官に証人尋問の請求をするためには、捜査機関において犯罪ありと思料することが相当であると認められる程度の被疑事実の存在があれば足るものであって、被疑事実が客観的に存在することを要件とするものではないことは、原判決の説示するとおりである。固より捜査機関が犯罪ありと思料すべき何等の根拠もないにかかわらず、故意に架空な事実を想定して捜査を開始し、刑訴二二六条により証人尋問の請求をしたとすれば、それは明らかに捜査に名を藉る職権の濫用であるといわなければならない。しかし、本件において原判決は次のとおり判断しているのである。すなわち、松本市警察署司法警察員が昭和二四年四月二四日松本簡易裁判所裁判官に対し松本税務署員関伊太郎に対する収賄等被疑事件について逮捕状を請求し、翌二五日午前一〇時頃逮捕状の発付を得たが、同日午後三時頃朝日新聞松本支局の記者被告人石井清が同署捜査課長会田武平に対し関伊太郎に対する逮捕令状が発付になった旨を告げて、事件が如何に進展したかを聞きに来たこと、同人は知らない旨を答えたが、右の如く逮捕状発付の事実が外部に洩れた気配があったので、予定を変更して同日午後九時これを執行したこと、ところが翌二六日附朝日新聞長野版に該逮捕状請求の事実と逮捕状記載の被疑事実が掲載され、その文面の順序等が逮捕状記載と酷似していたことは、第一審でなされた証拠調の結果により明らかに認め得る事実である。そして、逮捕状の請求、発付の事実が執行前に外部に漏洩するときはその執行を困難ならしめ、ひいては捜査に重大な障害を与えるものであるから、当該逮捕状の請求、作成、発付の事務に関与する国家公務員たる職員については、右は明らかに国家公務員法一〇〇条にいわゆる職員の職務上知得した秘密に該当するものといわなければならない。然らば、以上の事実とその他の証拠を綜合すると、捜査機関において松本簡易裁判所及び同区検察庁の職員中の何人かが職務上知得した秘密を第三者に漏洩した国家公務員法違反罪の嫌疑が生じたものとして捜査を開始するを相当と認められる十分の理由があるものであるというのであって、所論の如く右被疑事実が単に噂に止まって疑の程度には達しないものであるということはできないのみならず、前示被疑事件につき捜査上必要ありと認めてなされた本件証人尋問の請求が検察官の職権濫用によるものであることは、全然これを認めることができないのである。従って、原判決が本件証人尋問の請求を刑訴二二六条に違反するものでないと判断したことは固より正当であり、その間何等所論の如き違憲の点があるとはいえないのである。また論旨は、刑訴二二六条が原判決の如く判断し得る旨を規定したものとするならば、同条もまた憲法一三条に違反すると主張する。しかし、原判決の判断の正当であることは前記説明のとおりであって、所論の如き理由から刑訴二二六条の規定を違憲であるということはできないから、論旨は到底採用することができない。

弁護人芦苅直己の上告趣意について。

新聞記者に対し取材源につき証言を強制することが、表現の自由を保障した憲法二一条一項に違反するものでないことはすでに説明したとおりであるから、所論違憲論はその理由がない。また論旨は、本案被疑事件が犯罪を構成せず、従ってその犯罪の成立を前提としてなされた被告人に対する刑訴二二六条に基づく証人尋問の請求は無効であると主張するが、本件証人尋問の請求については本案被疑事実が存在しており、その請求が無効でないことは前論旨に対して説明したとおりであるから、論旨はその理由がない。

なお、本件については刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

裁判官長谷川太一郎は退官につき評議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介裁判官 谷村唯一郎)

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